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京街道/東海道五十七次





森小路 京かい道商店街



私もそこそこの年数は千林に住んでいますので

今までも何となくは「京街道」という言葉を見聞きしていました。


以前から京橋~守口あたりの「夜の街」には

独特の「艶っぽさ」を感じていました。


私が感じた艶っぽさは、恐らく今住んでいる近辺が

宿場町だった「なごり」を感じさせるからだと思います。



京街道(京かいどう)-1



今回「京街道」について、それとなくネットで調べていると



・ 元々の京街道 ・・・ 豊臣秀吉が文禄5年(1596)に大阪城と伏見城を最短距離で結ぶため、淀川沿いに「文禄堤」と呼ばれる堤を整備させ、この堤の道が京街道となった


・ 延長された京街道 ・・・ 徳川家康が京街道をさらに発展させるため「伏見宿、淀宿、枚方宿、守口宿」の四カ所に宿駅を設けた → この四次と東海道五十三次を合わせて東海道五十七次


・ 参勤交代の大名たちは洛中を通ることを許されなかったため、京街道は大津方面から山科との境にある追分で東海道と分かれて伏見へと向かっている ・・・ 現在の京阪電車の路線とほぼリンク


・ 京街道の全長は、山科の追分から大坂高麗橋まで約54km ・・・ 個人的には京阪電車というと「出町柳~淀屋橋」であり(今は中之島線もありますが) なぜ京阪・石山本線/京津線など、山科~大津方面にも京阪線が延びているんだ?という疑問がありました。しかし京街道が「山科の追分から・・・」という記述を読んで理解できました。


京阪電車 駅・路線図


(参考ページ 百街道一歩の京街道



京街道(京かいどう)-2




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津軽生まれ。普段の日々を、のんびり綴っていきたいと思います。

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